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当日昼気温31度、車の中で冷房かけても暑いくらい。ニューヨークは二十数度らしいが、このくらい暖かだったらいいなと思いながら車で成田へ向かっていた。 今回はなんと航空会社3社を利用することに。NORTHWEST,DELTA,CONTINENTAL、コンチネンタルは初めて利用する航空会社だがはたしてどうだろうか。事前に二社からのチケットは貰っていたが、コンチネンタル便は空港カウンター渡しとなっていた。 たいてい車で空港まで行き、空港近くのパーキングに車をあずける。最近は駐車料金もお安くなって、一日数百円のところもでてきた。経費削減令の出ている我々は当然そのお安い、行きつけのパーキングを利用する。ここは5回利用すると次が無料になるという特典もついているので愛用している。さらに車を受け取る際に必ず地元でとれた新鮮なお芋やタマネギを車の中に入れておいてくれるサービスもしている。なんともローカルなサービスではないか。ウチも地方から来たお客様に浅草のカミナリオコシでもプレゼントするか。 最近になって、そこの受付をしていた何ともやる気を感じさせないおばちゃんを見かけなくなったので聞いてみると、どうやらクビになったようだ。我々はさして気にもしていなかったが、サービス業であの態度は通用しなかったのだろう。このご時世でちゃんと職を持っていることがなんともありがたく感じた時であった。
飛行機に十数時間も乗っていると足が鬱血(うっけつ?)して靴に入らないことがある。今回はそんなことも考慮して少しゆったりした靴で行こう!と思ったが早速忘れてしまった。何度出張していても大なり小なり忘れ物をしてしまうもので、次回は忘れないようにメモを取っていたつもりだったが、それすら忘れている。まあ今回は大した忘れ物ではないのでヨシとするか。さすがにパスポートや航空券を忘れることはないが、前回のツアー途中シカゴのホテルにシェーバーを忘れてしまった。また、一昨年には余裕をカマしていたら国内線の飛行機が飛んで行ってしまったこともあった。忘れ物ではないが、まったくお恥ずかしい。 ドルへの両替はすでに数万ドルできていたが、出発当日にさらに両替することになった。このタイミングが非常に難しい、今日よりも明日の方がレートが有利になるのではないかと考え出すと結局何もできないこととなる。信念を持ってここぞ!というときに実行するのだが、いやはやギャンブルに近い。さて、今日のレートはいかがなモノだろうか?一円の差でも数万円単位の違いがでてくるのでまさに一喜一憂だ。 渡米中にはホテルに滞在することになる。どうも貧乏性なのかホテルの部屋のボールペンを必ず持ってきてしまう習性がついてしまった。アメリカの激安ボールペンではあるが、インクが気持ちよくドッペリ出てくれるので気分がいい。拝借したボールペンは店で使おうと思っていたのでウエストバックに入れていた。ふとした時に中を捜索してみるとなんと8本も出てきた。それぞれにホテル名が描かれているので少し懐かしむことができた、これは帰ってきたら店で使おう。
空港に着くと例のコンチネンタル航空のチケットを渡された。すでに座席番号が決まっていたのでカウンターに行く必要はない、時間もあるので飯を食うことにした。さて、第一ターミナル常連の我々には出国前に最近必ず食べるようになった「ネギとろ丼」があるのだが、今回は第二ターミナル。きれいになったこのターミナルもまた良い雰囲気を漂わせている。さてどうしたものか、と顔を見合わせると言葉無くして合意した。そしてネギとろ丼を探し始めた。一件のどんぶり屋にネギとろ丼を発見しのでそこで食事となる。味は第一(ターミナルの店)に負けるが、まあまあ旨かった。 さらにデザート探しとなり、あるレストランでミルクレープとシュークリームアラモードなる物体を注文してしまった。デザートの味はともあれ、平野さんというシックできれいなウエイトレスさんと雑談を交わしながら、甘モノを口にする男二人に冷ややかな視線が刺さっていたのはいうまでもない。アメリカでは朝食メニューにもケーキがあるくらいなのであまり気にしてなかったが、国際空港というのはどうも日本を出てしまったような錯覚を起こさせてしまう。しかし、多くのアメリカ人の体型を考えるとそろそろ気にした方がいいかもしれない・・・。 さて、ちょっと眉毛が薄すぎた平野さんともお別れして、出国ゲートに向かった。東京からの便はボーイング777-200、エコノミーの座席配列が3-3-3だったのが印象的だ。一応最新鋭の旅客機だが747は3-4-3配列のため真ん中の列の中に入るとトイレに行くにも容易でない。この点は多少機体が小さくなったこともあってか無難な選択だろう。777はエンジンが左右一つずつになり容量がかなりでかくなったが音は多少静かになったか。速度も747より出るので多少は時間短縮になるのだろう。エコノミーにも個人のモニターが用意され、旧型機よりは快適になっている。(俺はレポーターか?)
ニュージャージーに降り立った我々はいつも通りレンタカーを借りにいった。おおっ!ナビ付きだ。最近では多くの車にナビが付くようになった。ポイント高し!これでマップを見ながらゲロゲロにならなくて済む。その名も「Hertz NEVERLOST(絶対迷わない!)」うーむ、強そうな名前である。
だがニューヨークに向かう途中、橋の手前で都内と同じような渋滞に遭遇しロス時間となる。さらに一台のミニバンが、タイヤが20個付いている大型トラックに横から押しつぶされそうになる光景を目撃した。こっこわいぞ!、運転している黒人の"ライオネル・リチ男"はもっとこわい!
相手との待ち合わせ場所に到着して電話をかけるとすぐに行くので待ってろとのこと。けっして住所を教えてくれません、そういうお方もいらっしゃいます。少々スリリングになって来たところでご本人登場。彼の後をついて行った。その彼からSTRAT MARY KEY, STRAT SEMINOLE REDゲットした。
さてディールも終わり、時間は夜の10時すぎ。昼食べてないもんね、はらへった。とりあえず気ままに走ってみるが何もない。そんなドライブをしている間に11時5分前になったころマクドナルドを発見。アメリカに来てまでマックなんて・・・などと言っている状態ではなかった。この時間はドライブスルーだけなので、裏に回って電飾メニューに設置されているマイクに向かって叫ぶも応答なし。後ろに車がついて我々を待っているのが気になるが何の反応もない。仕方がないので一度ぐるっと回って中を確認すると前の車の連中は商品を受け取っていた。 「なんだ、壊れてなかったんだ」 もう一度入り口から入り直してさっき後ろにいた車の後ろについた。前のお兄さんも怒鳴っているが返事が無いみたい。しばらくして行ってしまった。我々も再度チャレンジするがやはり返事なし。空腹は限度まで来ている我々には焦りのアセが・・・。ひょっとしたらと思い、そのまま窓口に並んでいる車の後にならんだ。すると店の外看板の光が消えてしまった。時間は11時をすぎたところ・・・ピーンチ!俺たちの前で「はいこれまでよ」、なんてされたら飢え死だあー。 「一番大きいハンバーガーくーださい。」 黒縁めがねのブラザーオネーチャンに注文した。お菓子をボリボリやりながら接客するのやめなさいって! 翌朝、ホテルを出た我々は朝食をゲットしに出かける。時間のあるときは必ずローカルのカフェみたいなところを探し出して入るんだ、そうよく映画なんかにでてくるような小さくて古びた、町の常連がたまっているような・・。感覚的に非常に新鮮で、結構味もまともでお安くて・・・その地方の人々と肌で接する機会を得ながら考えるんです。こんなおじいさんが当時新品で買ったギターをまだどこかにしまっているのかな、なんてね。
我々は一つの看板を見つけた。 いつものコンビーフハッシュを食べ、ふと壁をみると「DESERT SPOT」とある。どうやらここにはいろんな「SPOT」があるらしい、もしかしたら?SPOTなんて・・・あるわけないだろ! さあて次の目的地へ出発!その途中の高速で、前輪だけがハの字になって走っている車を発見。おい、シャフト折れるぞ!とのぞき込むと後ろにはベビーシートがある、取りあえず空っぽだったので安心した。こんな危ない車が平気で走っているのでそんな車を見つけたら抜いてしまうなりして離れたほうが身のためだ。
ピーカン照りかと思いきや途中大雨に遭遇、さっきの天気はどこいった?変わりやすいのは女の恋心だけでは無いようだ。
結局この地域では'57STRAT, '63STRAT, '60TELE(BURGANDY), '60JAZZMASTER をゲット! 荷物を運送会社に届けなくてはならない。明日は6:25発の飛行機に乗るので何とか今日中に届けたい。時間は5時15分、電話をすると5:30には閉めるという。ここから30分はかかるから到底間に合わない。なんとかお願いして待ってて貰うことにした。電話しておいてよかった。 この夜はなぜかインドの夜だった。カレーが食いたい。マンハッタンのインド料理屋に入り、コンビネーションプレートを頼んだ。4種類のカレーとナンのセットだ。カレー自体の好き嫌いはあったが、一緒に頼んだマンゴーラシがめちゃめちゃ濃かった。ストローで吸い上げるのもなかなかパワーが必要であったがとても美味しかったですよ。 夜に泊まったホテルには各部屋にLANの設備が施されており、自分のラップトップコンピュータを接続すれば高速インターネット回線が使用できる。まさにハイテク化だね。ところで、イーサネットケーブルが必要なのだが表示されているクローゼットの中に無い。仕方ないのでフロントに届けるように頼んだ。 翌朝8時45分にシンシナティに着いた。ハーツレンタカー駐車場行きのバスに乗っているのだが、このバスのシートはなんたって"RECARO" 。シート下にバネがついているらしくトランポリンのように上下する光景はなんとも微笑ましい。グローブまではめている・・・ハーツレンタカーのバスドライバーはどうやら「本気」らしい。繰り返すが、シートは「レカロ」である。
さて、自分の名前が表示されているパーキングセクションに着くと予約したはずのミニバンではなく4ドアフルサイズが停まっていた。所詮アメリカ(失礼)、こんなことは日常茶飯事だ。担当者に交渉し事なきを得たが、実際に車が用意されるまで30分も待たされるハメに。さすがハーツNo.1クラブのサービスである。その間近くにいた太めのお姉さんに近くでよいレストランはないかと訪ねると、75号線沿いにある「バターミルクパイ道り」へ行けとのアドバイス。何も考えずに瞬時に出た返答だった。さすがあの体系を維持するだけの事はある。彼女の体系はまさに「バターミルクパイ」であった。 ダウンタウンから北へ向かうにつれ環境が変わってきた。10番ストリート越えると黒人天国となり、身の危険を感じるようになる。本当にあるのか?こんなところに楽器屋が。
どうやら道に迷ったらしい、近くの車修理屋にいる人に聞いてみることにした。スパナを片手に出てきた男の顔や体には無数の赤い液体が付着していた。 「やべー!マジかよ」 まさに絶体絶命。と思いきやそれがペンキと判明、安心するとその白人男性は、サリーちゃんに出てくるよしこちゃんのようなだみ声で親切に道を教えてくれた。 目的地に到着し、早速品定めをするが、店内にある古いジュークボックスがどうしても気になった。楽器の話もそこそこに、このジュークボックスの話しで盛り上がった。なんと1946年製で今でも現役で稼働する。どうやら彼はこのジュークボックスを手に入れるために、自分の店にあった新品のレスポールカスタムと交換したらしい。
旅も中盤になるが、シンシナティ出発前にホテル前でワンショット。4年前にできたばかりのきれいなホテルだ。価格も70ドルくらいでリーズナブル。しかしまだ外は真っ暗、時間は午前5時。ほぼ毎日違うホテルに滞在するので停めた車の場所さえ分からなくなる。こんなことやっててどこまで体がもつやら。このところ睡眠時間は4時間くらいだ。結局乗り換え含めて数時間かかるので機内で睡眠をとって体力を回復するしかない。
空港近くまでくると外はだいぶ明るくなっていた。ハーツの駐車場の約50メートル手前でヤケに車にアタッている熟年女性を発見。良く見るとハーツのレンタカーらしく、なんと四輪ともパンクしてるらしい。我々が駐車場で返却手続きをしていると先ほどの女性が両手に荷物を抱えてハーツ関係者に怒鳴っている。とてもここで御紹介できない単語の連発で圧倒していた。なんとも近寄りがたい状況だったのでそそくさと逃げてきた。 シンシナティの空港についてノースウエストのカウンターに向かった。航空チケットとパスポートの確認が終わるとSecurity Question(安全確認の質問)を聞いてきた。これは以下の二つの質問から成り、搭乗券を受け取る前に必ず質問される。 1)誰か他人から荷物を預かったか? 2)自分の荷物はずっと手元にあったか? である。
次のナッシュビルまでは一度メンフィスで乗り換えなければならない。短時間のフライトだと小型の飛行機の場合がある。そこで聞いてみた。 「やっぱり小さい飛行機なんですか?」 するとチケットカウンターに居た "スティーブン・タイ子"おばさんが、 「大丈夫よ、ジェット機だから」 「へっ? いまだにプロペラ機が飛んでるの、定期路線で。」 ホントだ、あるよ小型のプロペラ機。でも乗客も少ないのによく採算合うよなあというのが実感だ。だって日本のバス乗客数くらいしかいないんだよ。
搭乗前にシートでゆっくりしていると片手に1ガロンのミネラルウオーターボトルを持った黒人が横に座った。そしておもむろにキャップを空け、ゴクゴクとラッパのみし始めた。写真を見て分かると思うが、1ガロン=3.78リットルですよ、だんな。アメリカのスーパーではこのポリボトルで牛乳やオレンジジュースなどが売られているので、ボトルそのものは珍しいわけではないのだがそれをラッパ飲みする男はベリーレア(非常に珍しい)だ。男の体もポリボトルだが、その奥さんも同じではないか、よし、この夫婦揃って「ポリボトラーズ」と呼ばせていただこう。
メンフィス-ナッシュビル間の飛行機はさらに小さい飛行機でしかも最後席。真横にジェットエンジンが見える、窓さえなければ手が届きそうだ。が、うるさいぞ!話もできやしない。しかたがない、寝るか。 到着してすぐ近くのディーラーに寄ってみる。 「FOR RENT(ふぉーれんと?)」 なんと、もぬけの殻、当然だれもいないし電話も出ない。 「よっ、夜逃げかあ!」 まあここはアメリカだ、こんなことはよくある。(ないない^ ^;)
その後に二カ所ほどまわったが大した収穫はなかった。しかし、とあるディーラーから紹介してもらった片田舎に住むおじいさんディーラーの家を訪れることになったが、高速道路でトレーラーの横転事故のため鬼の大渋滞になっていた。事前にそのことを聞いていたので回避路を選択し、事なきを得た。
進めど進めど森林しかない、道はあっているのだが本当にこんなところにギターがあるのだろうか。右を向けば湖や池、左を向けばカモが数匹。なんともほほえましいのだが、目的が達成できるか不安になってきた。
「あった!」やっと見つけた白い家。どこからみても一軒家でドアをノックすると、白髪のおばあさんが出てきた。事情を説明すると裏手の作業場を案内してくれた。ナッシュビルのお年寄りたちはとってもフレンドリーで、我々のようなジャパニーズにもなんの抵抗もなく南部なまりでお話をしてくれる。とても良い人たちだ(話が少し長いのが日本のオバタリアンに似ているかもしれない)。
おおっ!なんとストラトの色物発見!こんな田舎に来た甲斐があったぞ。先ほどまでの気だるさはどこへやら。良い楽器さえ見つけられればご機嫌な我々、単純である。そんなところだけアメリカンナイズされて来ている・・・。 翌朝のフライトは6時40分。5時には起床して6時には空港に着いた。搭乗券をもらい、セキュリティーを越えるとスターバックス発見。と思ったがそのコピー店「JAKES COFFEE HOUSE」だった。作りもカラーも一緒じゃないか、これじゃ間違えるよね、それにしてもこんなに似せて問題ないのかなあ。物は試しで"アイスモカ"を注文し、隣の店でソーセージマフィンを買ってきた。スモールサイズ頼んだのにサイズは日本のラージサイズだ、アメリカ的な朝食もずいぶんと慣れたもんだ、最近は。 アトランタ経由でフロリダまで行く予定だが、そのアトランタ便がすでに一時間遅れ、天候悪化で飛び立てないのでロビーで待つこととなる。だが、問題は次の乗り換え便だ。実際に飛行機に搭乗できたのは定刻より一時間半遅れ、機内での放送では乗り継ぎ情報が入ってきていないの一点張り。だが以外に冷静な我々はそのときこう感じていた。 「なるようにしかならないな、こりゃ」 寝不足の我々にはどうでも良かった。というよりもむしろ 「まあ、いざとなれば何とかなるだろ」 本格的にアメリカンナイズされてきたようだ。 さらに機内で隣に座った40才くらいの男性から声を掛けられ、延々とキリスト教についてお話を聞かされた。だが私の疲れた体には理解しようとする気力は残っていなかった。 アトランタに着き乗り継ぎ便のことを聞いてみると、どうやら我々や他の便の到着を待っていたらしい。よかった、これでフロリダに向かえる。 結局予定より2時間遅れで到着。暑いね、やっぱり。ゴタゴタのせいで現地の時間も分からない。最近は時計を現地に合わせることはしなくなった。いつも日本時間のままで飛び回っているので希に現地時間を間違えることがある。また以前、サマータイムの切り替え日に帰りがぶつかってしまい、危うく乗り遅れるところだったことがある。みなさんは大丈夫だよね。 レンタカー受付でやってしまった!予約していたミニバンを急遽オープンカーに変更!ここはフロリダ、しかも晴天とくればこれしかないでしょう。今までのツアーでかなり欲求不満になっており、さらにこの遅延騒ぎでもう我慢は限界に来ていたのだ。
最高だぜベイビー!フォードのマスタングに乗り風を切る我々。仕事なんかしてらんねーぜ!(それはいかんだろ)という訳で我々を待つジョーのところに向かった。走行中、前方の空がとても暗いのが少し気になっていたが我々には関係ない。 「ノープロブレム!」 でも雷落ちてるみたいだぞ! 「ノープロブレム」 ると突然のスコール、大雨になってしまった! 「オーマイガッ!」 「やっと風になれた俺たちにフードを付けろというのかい、ベイビー」 なんて言っている暇はない。 横に止めてフードを装着する。今の車は電動でらくちんだね。 「ところでこれじゃギター2,3本しか入らねーぜ、ベイビー」 「大丈夫さ、雨が止んだら縦積みして6,7本はイケるぜ、ベイビー」 「さえてるね今日は!ところで雨はいつ止むんだい、ベイビー」 「チッチッチ、俺の熱いハートで雨もぶっちぎりさ」 「・・・ベイビー(^^;)」 そんなこんなでジョーの所に着いた。いい店だ、現行品からビンテージまで幅広く展示されている。彼の娘も店を手伝っているようだ。ここでの交渉は非常にタフだったが、なんとかFlying V をゲットした。その後一緒に食事に行った、ジーパンとTシャツでは叩き出されそうな店だったが何とか入れた。食事とお酒と会話を楽しみ、その帰り道にスポーツカーショップを覗いた。フェラーリ、ランボルギーニ、ロータス・・・、幼い頃スーパーカー黄金時代を経験した我々には憧れの車たちだ。
夜も更け、彼にホテルまで送ってもらうと固く握手を交わし別れた。フロントに行くとカウンターのお姉さんが一人で電話対応に追われている。待つこと15分、やっとチェックインできた。部屋番号は405号室、エレベータで上がりドアにカードを差し込んで開錠すると目の前に現れたのが米国おばあちゃん三人組、しかも二人は下着姿。呆然と立ちつくす我々に、 「そんなところで何やってるの!」 と怒鳴り散らすおばあちゃん。 「しっ失礼!」 なんで俺が謝らなきゃならないんだ。 「指定された部屋に行ったらおばあさん三人組が居たぞ、なんでギャル三人じゃないんだ!」 ちょっと違うような気がするが、まあ良いだろう。まったく疲れているだから頼むよ。 新たな部屋のキーを貰い、再びエレベータで上へ行く。恐る恐る部屋を空けるが、誰もいないようだ。 「俺たちはホモか。」 再びフロントへ。もう怒る気力もない、頼むからちゃんと仕事してよ。
帰る日がやってきた。いつものように早起きをして空港に向かった。チェックインも終わり、時間があったので例の"Jake's(なんちゃってスターバックス)" で朝食をとることにした。シナモンロールとコーヒーだ。 機内でそろそろ映画も見飽きて疲れ始めてきた頃、オホーツク海上空の辺りだろうか、機内放送が流れた。 「ただ今成田空港は、ノースウエスト機バーストで滑走路が使えないため閉鎖中です。」 で、どうなるの我々? 「当機は一時的に関西国際空港に着陸いたします。」 最後の最後で再びハプニング!関空に着陸してゲートに着くまで30分、給油待ちで4時間、離陸待ちで1時間30分。この間機外に一歩も出られず缶詰状態・・・。京都や岡山に帰る乗客がここで降ろせと乗員に噛みつく始末。結局成田に着いたのが夜の10時、到着予定時刻から約8時間遅れて帰って参りました。 さて、今回のハイパーツアーを振り返ってみよう。 ちょっとハード過ぎたなあ、仕事だけどもう少し息抜きできる予定を組みたいね次回は。 それではまた。
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